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佐久鯉
天明元年大阪淀川からお嫁入り佐久鯉養殖の歴史が始まる
佐久鯉の歴史は、元禄年間(1592)中込で「野生鯉」の養殖を試みたことに始まるといわれ天明年間(1781〜)桜井村の商人臼田丹右衛門が、大阪淀川の鯉を持ち帰ったのが佐久鯉養殖の始まりと言う説もある。その後、文政8年(1825)岩村田藩主内藤豊後守が淀川より鯉を持ち帰り、野沢村の豪農並木七左衛門に与えたとされ、この頃より佐久鯉の養殖が盛んになったと言われている。
佐久鯉が全国的に知られるようになったのは、大正12年東京で活魚のまま売られたときから。ため池や水田で養殖された鯉は秋口になると、千曲川の伏流水を取り入れた流水に放される。一冬を池で過ごした鯉は身が締まり泥臭さがなく「うまい佐久鯉」の名を不動のものにしている。
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アユ
良質の石アカに恵まれた千曲川はアユの宝庫
市の中心部を貫流する千曲川は、ウグイ、アユなどが生息する。手の加えられない川底は、アユの格好の住処だ。
7月初めの土曜日、アユ解禁の号砲をまって、全国からかけつけた釣り人達が一斉に竿をふる。腰まで水につかった太公望たちで、終日賑わう。
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シナノユキマス
佐久で生まれ育ったシナノユキマス県知事が名付け親
シナノユキマスは正式名コレゴヌス。国内で初めて養殖に成功、正真正銘の原産地「佐久」を誇る。白身で小骨が少ないサケ科の魚だ。
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酒どころ信州において、佐久の清酒はその恵まれた原料の恩恵を受けて、県下第一の名をほしいままにしている。
佐久平は指折りの穀倉地帯だ。水田養鯉にみられるように、良質な有機低農薬米の産地を誇る。ここで穫れる厳選された酒造米と千曲川の伏流水、気候風土と調和され、おいしい酒を演出している。
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古くは隣の上州まで付け出したように、佐久平は豪農も多く同時に多くの酒造業を生み出した。
市内には7つの蔵元があり、各種鑑評会での数々の受賞に見るように、それぞれの主張をもって酒造りに励んでいる。水と米と気候、いい酒造の条件には、あまりある環境はもちろん、信州人気質を守る実直な杜氏たちの厳しい目が、佐久平の酒造業の長い歴史を受け継いでいる。
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清酒の仕込みは毎年12月頃から始まる。大釜で蒸された米は寒気の中で放冷され、水と麹を加えた仕込みタンクで時を待つ。水が日本酒の最大の原料と言われる由縁は、仕込みはもちろん、割水として酒質に大きくかかわってくるからだ。「風かをる 信濃の国の 水のよろしさ」と放浪の俳人種田山頭火が讃えたように、清冽な千曲川の伏流水がうまい酒を造り出している。
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