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図書館の窓から2018.1.4

更新日:2018年1月7日

謹賀新年
 前回、AI(人工知能)が人間の能力をこえる『技術的特異点(シンギュラリティ)』の到来を批判的に論じてから、既に3か月が過ぎてしまいました。怠慢のそしりは免れません。如何にしてこの難局を超えるか?そこで、年頭の挨拶を契機に、錆びついた言語中枢に刺激を与えて、2018年の世界(現実)を前にかすかに揺れる心の動きを掬い取る、という成否の定かではない、やや不遜な賭けに打って出ることにしました。

 さて、朝日新聞の新春対談「何のため 本を読むのか」(柄谷行人×横尾忠則2018年1月1日)は、『本』を生業とする人と組織が初心に回帰することを強く促す、そのような力のある言葉に充ちています。対話する2人の、既成の価値体系(文脈)にはない処に言葉の拠点を置こうとする意志の持続が、そのような力の源泉となっていることは明らかです。そのことによって、『本』の周辺に付きまといがちな悪しき教養主義から自由になっているのです。
 たとえば、横尾は読書の価値について次のように言います。
「読書は人間を自由にさせるという側面と、束縛する側面があると思うんだけど、それは読む人の問題ですね。」
 読書の「束縛する側面」とは、束縛されるように読んでしまう人間の問題であって、功利的な意味や道徳性を読書に要求する不毛を語っています。文学作品の主題の詮索と感想文の作成を念頭に進められる『国語』の授業も、こうした読み方の習慣の形成を助長する一つの悪弊に他なりません。
 また、柄谷は読書の意味を、きわめて端的に次のように語ります。
「我々は教養主義を復活させようとしているのではない。現実に立ち向かうときに教養がいるのだ。」
 私たち一人ひとりに、立ち向かう現実(壁)が存在しています。それは、生きていることと同義です。その過酷な壁の前に立ち、壁を直視し、壁を超える展望をもたらすもの、それは教養(言葉)を措いてより他はありません。教養(言葉)とは、言語化されて私たちの血肉となった現実そのものなのです。そのように、私たちは現実(壁)をまた一つ、自己の内部に育てていくのです。
 ここまで書き進んで、不遜な賭けの成否は不明ですが、それでも脳の回転に微かな希望がもたらされた、と勝手に言って良いのかも知れません。『書く』ことの効用だと信じます。

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