更新日:2024年4月1日
4月は、黒田賢一《とぶ はしる およぐ なげる のぼる》を紹介します。
「月替わりコレクション紹介」について
《とぶ はしる およぐ なげる のぼる》
制作者:黒田賢一
生没年:1947年生まれ
制作年:2019年
材質:紙本墨書
寸法:縦69.9センチメートル、横181.1センチメートル
形状:軸
黒田賢一は兵庫県姫路市出身の仮名作家です。西谷卯木(1904-1978)に師事し、21歳の若さで日展に初入選、その数年後には毎日書道展で毎日賞を受賞するなど、早くから頭角を現しました。そして、昭和61年(1986)と平成2年(1990)に日展特選を受賞し、平成4年(1992)に44歳の若さで正筆会の理事長に就任するなど、書家としての地位を確固たるものにしました。
師の西谷は、「自分の真似はしないで」とよく口にしたといいます。黒田の書は、従来の仮名の曲線的な味わいというよりも、直線的な力強い線に特徴があります。《関戸本古今和歌集》や《一条摂政集》などの古筆だけではなく、米芾の《蜀素帖》や《苕渓詩巻》といった漢字をも臨書し、鍛え上げられた線による独自の表現を築き上げました。その背景には、「壁面芸術としての大字がなを書くためにより強い線をひきたい、今までにないようなかな作品を作りたい」という想いがありました。
書は、美術館などの西洋風の建築に飾られるようになって以降、徐々に壁面芸術として発展してきました。特に戦後の日展への書部門設置はそれを後押しするものとなり、昭和30年代には机上の芸術であった仮名を壁面へ移そうという意図から大字仮名運動が興りました。西谷の師である安東聖空(1893-1983)は戦後の大字仮名運動の中心を担った1人であり、西谷もまた大字仮名作品を数多く遺しています。黒田が書を志した頃、すでに大字仮名は書道界に定着していました。当初から「壁面芸術を自分流に書きたい」と大字仮名を見据えて研鑽を積んできた黒田は、そうした意味で新世代の書家といえるでしょう。
黒田の転機の1つとなったのは、2回目の日展特選受賞前に漢字作家の青山杉雨(1912-1993)に作品を見てもらった際、「君の持ち味は何か。もっと大きなものを書け」と言われたことだといいます。これにより、それまで大字仮名を書く際に31文字の和歌を題材として選ぶことが多かった黒田は、17文字の俳句をも題材とするようになりました。そうして、現代的で力強い、現在の書風が確立されていったのです。
本作品は、公益財団法人 書美術振興会が令和元年(2019)に「日本の自然と書の心『日本の書200人選~東京2020大会の開催を記念して~』」の記者発表の一環として、オリンピックに関する文字を書く席上揮毫会を催した際に制作されたものです。オリンピックを象徴する5つの輪、「五輪」の中に、「とぶ はしる およぐ なげる のぼる」という競技を連想させることばが書かれています。淡墨で書かれた輪と濃墨で書かれた文字によって、立体感が生み出されています。
平仮名のみで構成される本作品は、いわゆる仮名作品とは異なります。しかし、本作品の力強いシャープな線と字形からは、これまでの黒田の大字仮名作品が彷彿とさせられ、現代的な大字仮名表現を追求してきた黒田ならではの表現を味わうことができます。普段、白い紙を中心に制作している黒田としては珍しく、色紙を用いているところも注目されます。表現と選文の双方に、まさに今の時代でしか味わえない魅力が宿っているのです。
今回紹介した《とぶ はしる およぐ なげる のぼる》は、3月16日(土曜)から5月6日(月曜)まで開催のコレクション展「新・収蔵品展ー令和4年度収蔵ー」で展示しています。
毎週月曜日(休日の場合は開館)
展示替え期間(不定期)
年末年始期間(12月29日~1月3日)
ほか臨時休館することがあります。
午前9時30分~午後5時