おうちで社会科見学!!-八風山遺跡群「石槍」-
更新日:2020年6月1日
文化財事務所では、ご自宅のパソコン等で佐久市にある文化財を見ていただくツールとして、「おうちで社会科見学!!」のページを開設し、これまでに5回にわたって文化財を紹介してきました。今回の第6弾からは佐久市内の遺跡から発見された文化財を紹介していきます。第6弾は
八風山 遺跡群「石槍 」
「石槍」とは、
そこで今回紹介する八風山遺跡群の登場です!!「八風山遺跡群」って何だろう?と思っているかもしれませんが、実は佐久市で石槍が大量に製作された遺跡の名前です。石槍をはじめとする地中から発見されたものが、どこから発見されたのかわからないと、それが本物なのか、それとも偽物なのかわかりません。つまり、発見されたものが貴重な文化財として評価されるためには、どこから発見されたかが重要になってくるため、遺跡には名前が付けられます。遺跡名には、一般的に地名(
それでは話を八風山遺跡群に戻しましょう。この石槍が大量に発見された場所の地名は「佐久市
それでは、なぜ八風山遺跡群と名付けられたのでしょうか??実は、この場所で発見された石槍の材料となった石の種類が関係しており、その石の種類を「八風山ガラス質
八風山遺跡群全景写真(赤丸:遺跡群の範囲)
それでは、実際に石槍を見てみましょう!!
写真1 遺跡内最大の石槍
写真2 幅広で厚手の石槍
写真1の石槍の発見状況
写真1の石槍の大きさは、長さ20.6センチメートル、幅6.2センチメートル、厚さ1.7センチメートルで、八風山遺跡群で発見された石槍の中で一番大きなものです。また、写真2の石槍の大きさは、長さ17.2センチメートル、幅7.6センチメートル、厚さ2.6センチメートルで、写真1の石槍とは異なり、幅が広く厚手です。両方の石槍とも製作途中に、写真の矢印の箇所から折れてしまい、写真1の石槍は完成間近で折れたのに対して、写真2の石槍は右下部分に原石の表面が残っているので、表面を削り取り終わる前の製作の前半段階で折れてしまったと言われています。
次に面白い写真を見てみましょう!!
この写真は八風山遺跡群から発見された石槍の原石を復元したものです。
八風山遺跡群の石槍は、南側を流れる香坂川で拾った原石を打ち欠いて製作し、完成した石槍はいろいろな場所に運ばれました。そして、その石槍を製作した時に出たかけらも多く見つかっています。上の写真はそのかけらを集めて復元したもので、隙間が空いている部分は完成した石槍として、どこかの地域に運び出されたのかもしれません。
この八風山遺跡群では佐久市教育委員会が平成5年(1993)から平成7年(1995)にかけて調査を実施しました。また、これに先立って、昭和63年(1988)には長野県
八風山遺跡群から発見された「石槍」の「おうちで社会科見学!!」を楽しんでいただけましたか?
次回、第7回は「
八風山遺跡群から発見された石器の展示について
八風山遺跡群から発見された石器の一部は、文化振興課(文化財事務所)の考古遺物展示室に展示してあります。
詳細は考古遺物展示室のページをご覧ください。
お問い合わせ先
佐久市教育委員会文化振興課文化財事務所
住所:長野県佐久市中込2913番地
電話:0267-63-5321
お問い合わせ
社会教育部 文化振興課
電話:文化振興・文化施設係:0267-62-5535 文化財保護・文化財調査係:0267-63-5321
ファックス:文化振興・文化施設係:0267-64-6132 文化財保護・文化財調査係:0267-63-5322
