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記者会見(令和5年11月20日)

更新日:2023年11月29日

下記の内容で記者会見が開催されました。

  1. 開会
  2. ダウンロードのリンク 新規ウインドウで開きます。市長あいさつ及び令和5年佐久市議会第4回定例会提出予定議案等の概要説明(PDF:241KB)
  3. 質疑
    (1)佐久市議会第4回定例会提出予定議案・・・ダウンロードのリンク 新規ウインドウで開きます。【資料1】(PDF:2,882KB)
    (2)令和5年度第二次佐久市総合計画実施計画・・・ダウンロードのリンク 新規ウインドウで開きます。【資料2】(PDF:7,321KB)
    (3)その他
  4. 閉会

質疑内容(要旨)

(1)佐久市議会第4回定例会提出予定議案について(資料1)※質疑なし

(2)令和5年度第二次佐久市総合計画実施計画について(資料2)

Q1:記者
令和6年から8年の3ヶ年の実施計画ですが、特に市長の中で力点を置いている施策や予算配分、あるいはご自身が叶えていきたいまちづくり、市政運営という点で特徴的なものなど、こだわりを教えていただきたいです。
A1:市長
これまで行ってきた施策につきまして、例えば昨年に道路開通いたしました約21ヘクタールの佐久平駅南土地区画整理事業等は、佐久市の強みを生かしたまちづくりとして、利便性や暮らしやすさを高めていくことでした。そのことで小学校・中学校の浅間地区の増加現象は顕著になっています。トレンドが変わったのは岩村田小学校と中佐都小学校の傾向が横ばいから増加に転じたということ。また佐久平浅間小学校は増え続けています。伴いまして浅間中学校の増加傾向も顕著なものです。そうしたものに関して言えば佐久市の強みを生かしたまちづくりだと思います。
それに伴い人口移動が佐久地域においては北へ北へと進んでいます。南佐久の皆さんが、臼田、野沢、中込へ。そして臼田、野沢、中込の皆さんが佐久平駅周辺へという動きはこれまでもありました。そういうものが強みを生かしたまちづくり的なものになりましたが、その中で中込、野沢を魅力あるまちにしようとすることで、中込の賑わいづくり、野沢の子育て支援拠点施設を作るということです。
また、これまでどおり中込、野沢にも予算立てをしていきますが、令和5年度からの旗印として、周辺地域にあたる望月、浅科あるいは内山、東地区などの周辺部に関して力点を置くことです。そこはウィークポイントになってきていますので、格差があることについて穴埋めできるようなものに配慮した予算編成を行いたいと思います。
加えてデジタルトランスフォーメーション、DXやGXについても取り組んでいきます。この辺りが令和5年から6年の実施計画にも特徴として反映されたものと思っています。それらを心がけて予算編成、またはその前の実施計画を策定しました。
Q2:記者
常日ごろおっしゃっていますが、佐久市の場合、均衡ある発展と特徴ある発展とがあって、大きな柱があります。強く意識された予算編成というか、そういうこともあるのでしょうか。
A2:市長
資料2、16ページの5番を見ていただきますと、新規事業の「ゆうき産地づくり構想推進事業」があります。これは望月地域を起点とした有機農業等に関する循環型農業の形成で、長野県ではたった一つ指定されているのが望月地域です。この指定は「長野県緑の食糧システム戦略推進計画」に位置づけられています。
来年度からの実施計画で1380万円が計上されていますが、これは均衡ある発展というよりは新たな特徴です。望月の新たな特徴が際立ってきたものに県が指定をして、市は事業化し応援していくということで、非常に有益なものです。
望月土作りセンターでは新たな取り組みとして、出てくる堆肥をペレット化して非常に使いやすい状況にしています。この循環型農業に着目して、国も力を入れてきている有機農業というもの、特に望月は頑張っている方が多くいらっしゃるし、支援・応援していこうということが特徴ある発展を意識をした予算立てと思います。

3その他

Q1:記者
市長は11月上旬に沖縄県糸満市へ行かれ、小池勇助軍医の様々な慰霊碑の視察や、県あるいは佐久市との結びつきをいろいろ研究されてきたと思います。今後この沖縄の糸満市あるいは小池勇助軍医の慰霊碑、佐久市との関わりについて今の段階でご自身のビジョンがありましたらお願いします。
A1:市長
今回の沖縄訪問は、11月1日から11月4日にかけて行ったものです。これは長野県と沖縄県で交流推進の協定が今年3月に結ばれ、実際に交流を深めましょうということです。これまでも阿部知事が沖縄訪問をして玉城知事と会談をしてきました。今回、県が公式訪問をするということでチャーター便が飛びました。県の担当部長が公式訪問団員で、そこに松本市長、千曲市長、私が加わっていきました。
訪問し、様々な交流がある中で、一般財団法人の沖縄観光コンベンションビューローの下地会長さんとのお話の中では、長野もコンベンションビューローがあり、そういったところを中心で交流をしていきましょうということがありました。
また訪問の中で、ご質問の小池勇助軍医の最期の地となりました「糸洲の壕」を訪れました。コロナ前ですが長野県から50校ぐらいの高等学校が沖縄を訪問し、平和教育を行っています。その平和教育において、実際に小池勇助軍医という方の足跡をたどるということはほとんどしていないということです。
小池さんですが、旧制野沢中学校の第3回卒業生で、中込で眼科を開業されていました。沖縄には軍医で招集されて隊を持ち、はじめは豊見城(とみぐすく)という所で野戦病院をしていました。4月1日、読谷村から上陸した米軍と苛烈な戦闘状態となりました。それから豊見城から糸満市の糸洲の壕、沖縄ではガマと言っていますが、ほら穴です。ここに野戦病院を移動させたということです。そこでは積徳高等女学校という那覇市にあった女学校の25名の皆さんが看護隊員として協力をしていました。6月23日が組織的戦闘行為終了の日ですが、小池軍医は戦闘が沈静化する26日に解散命令を出します。その時には、必ず生き残って悲惨な戦争を語り継ぐこと、必ず生き残っていこうということを解散の訓示で述べられています。そして後に22人の方が生還されたということです。
こういった話がある中で、これまでこの事実関係があまり知られておりませんし、このことについてきちんと伝える環境を整えたいということで今回訪問をしました。沖縄観光コンベンションビューローの方にもご協力を得るべく会談をさせていただきましたし、糸満市長さんにもお会いし、糸満市の関係部局の職員ともお話をさせていただきました。佐久市からも関係する職員が参加し、意見交換をしてきたところです。今回実際に沖縄へ行き地権者も含め関係者にお会いして参りまして、協力をしてくださるという前向きな意見もあり、意味のある沖縄訪問となりました。今後来年度予算に対して組めるよう調整していくところであります。
Q2:記者
今後、姉妹都市・友好都市といった関係性、可能性はあるということですか。
A2:市長
可能性としてまだそこまでではないのかなと思います。具体的に動いてからのことだと思いますが、そういった期待は感じました。長野県と沖縄県で都市関係を結んでいるのは1組しかなく、川上村と読谷村がレタスの栽培に関するご縁で結ばれています。沖縄県側も長野県側も姉妹都市・友好都市というものの拡大をしていきたいということは相互に発言されていました。お相手もあることなので、どのようにしていくかは私どもとすれば、平和に関する協力ということでは一案だと思いますが、都市関係についてはまだこれからかと思います。
Q3:記者
関連して、案内看板を設置したいということでしたが、どの内容にしたいかというのは決まっていますでしょうか?
A3:市長
積徳高等女学校の皆さんは、隊が解散する時点で18歳や19歳だったようです。現在の高校生もおよそ18歳です。そして修学旅行は高校2年生で行く方が多いでしょうから16歳、17歳ぐらいです。およそ同世代ということの中で、命をかけてこの国を守れと教育された方々、その人たちが実際には小池軍医の言葉によって命永らえるということになり、またその葛藤もあったようです。ドキュメント映画に残っていますが、1人の女学生の「ありがたい言葉のような気もしたし、恨めしい言葉のようにも感じた」。軍国少女としては、自分が信じてきたものを突然覆されるという面もあったでしょうし、そういった複雑な心境を現在の方にその場所に立つことで感じてもらいたと思います。また「ひめゆり隊」というのは本当にたくさんの方が犠牲になられています。そのすぐ近くにあったのが小池軍医の率いた「ふじ学徒隊」です。対照的に本当に多くの犠牲を出してしまったひめゆり隊。でもそれはその時代からすると、その方が良いとか悪いとかとも言えないですが、自然な受けとめだったのかもしれません。ふじ学徒隊は小池軍医の訓示によって命永らえました。その違いを知ること、命がとても大切だということを知る機会になると思います。今、ひめゆりの塔へはよく行かれるようですが、そことは対照的な施設があり、そこでは佐久市出身者が関わっていたということ。こういったことから感じることが多いと思っています。今後平和教育をしていく中においてもその辺りのことを理解できるような説明内容にしたいと思います。
Q4:記者
現地では有志の方が草刈り等をやっているそうですが、そうではない時期はなかなか踏み込むのも難しいと聞いています。行かれてみての感想はいかがでしたか。
A4:市長
糸洲の壕へは佐久市議会の会派「令和政策研究会」の皆さんが、今年の1月、2月に行かれています。そのときは足を踏み入れることもできないような状況だったということです。その中でこれも本当に偶然と言えば偶然ですが、佐久市岩村田在住だった方が糸満市に移住をされていて、その方がすごく糸洲の壕を気にされ、慰霊をすべきとお考えなられているということがありました。ただ人様の土地なので触れていいかどうか微妙なことである中で、地権者の親戚の方が周辺で畑を作っていることから、その方へお話しくださり、「そういう気持ちがあるのであったらぜひやってください」という返事をいただいたということがありました。そのお話をしてくださった女性の方が、佐久市から移住した方ということです。ですから私達が行った時はその方が清掃してくださっていました。大変にありがたいことだなと思っていますし、その方もキーマンになってくるかと思います。今後どういう交渉をしてどういうことができるかということは、検討し交渉していきたいと思っています。
Q5:記者
冒頭でおっしゃっていた確認ですが、狙いとしては長野県内から修学旅行で行った高校生たちに理解を深めてもらうということでしょうか?
A5:市長
そうですね。これから松本空港と那覇空港、長野県と沖縄県の交流が深まると思います。私達佐久市においても様々な関わり方があると思いますが、平和教育というとこでその役割を担うということ。
最期の地が沖縄になった佐久の先人・小池勇助軍医という方がいらっしゃる、また糸洲の壕は数少ない直接入れる壕ということ。今では入れる壕がもうほとんどないということです。今まで「轟の壕」というところへは行けたそうですが落盤などによって今は立入禁止になっています。ということもあり、糸洲の壕への訪問はとても大きな意味があり、沖縄との交流が深まる中で大変いいことだなと思っています。
また今は、県内各地から羽田に行き、羽田から那覇に行っています。それが今後は松本に行き、そのままチェックインして那覇に行けるとなると、すごく手軽になると思います。県とすれば定期便ということがあるようでありますけども、そういったものに対しての基地としての役割を定めたいなと思います。
Q6:記者
佐久創造館について、県が9月に24年度末に閉館する方針の案を示しました。佐久市としてはどのように見てますでしょうか?
A6:市長
佐久創造館については県の施設ということになります。県の施設なので県の方がご説明をされていらっしゃると。この推移を私どもは見守っているという立場です。
Q7:記者
利用者の中では市が引き継いでやってほしいという声もありますけれど、その可能性はないということでいいのでしょうか?
A7:市長
私どもとすれば、これまで総合的に判断して施設整備をしてきたところでありますので、そういったことの考えはありません。
Q8:記者
費用面などを考えてということですか。
A8:市長
総合的に判断したということです。
Q8:記者
 わかりました。ありがとうございます。

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